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善光寺(ぜんこうじ)
10,000円(税抜)
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善光寺(ぜんこうじ)
10,000円(税抜)
 2015年4月5日から5月31日まで、全国の善光寺さんで7年に一度のご開帳がありました。長野の善光寺の阿弥陀如来仏は日本で一番古いもので、物部氏と蘇我氏の時代に百済からやってきたと言われています。今はご開帳されるのもレプリカで、本物は奥に隠されていて、霊力がめちゃめちゃあると言われています。
 阿弥陀如来仏が百済からやってきたとき、蘇我氏は仏教推進派でしたが、物部氏は仏教反対で、蘇我氏と物部氏が争って、物部氏が熱病で亡くなりました。物部氏が亡くなったことで恐れた物部の子孫は阿弥陀如来仏を大阪の堀にポイと捨てたんです。それを聖徳太子がお告げか何かで知って、お堀に行って「私が引き揚げてお祀りしたいと思います」と言うと、阿弥陀如来仏は「私を引き揚げる人がいます。それはあなたではない」と言われたそうです。そのずいぶん後に長野の本田善光さんがそこを通られたときにその背中に乗りました。阿弥陀如来仏を背中に乗せた本田善光さんは、昼飯(ひるい 岐阜県大垣市)でお昼ご飯を食べて長野に帰られました。
 阿弥陀如来仏は戦国時代にも移動しました。この阿弥陀如来仏を手に入れた者は全国制覇できると信じられていて一説では戦国時代はこの阿弥陀如来仏の奪い合いだったというエピソードもあります。最初は武田信玄の甲斐善光寺に行き、その後は織田信長の岐阜善光寺、さらに秀吉の祖父江善光寺、最後に家康のもとに行きました。みんな天下取りの直前まで行ったり、天下を取ったりしましたから、阿弥陀如来仏は現世的に願いをかなえる力がめちゃめちゃあるんです。
 ただ、一方で、武田信玄、織田信長、秀吉は、阿弥陀如来仏を持っていたときに亡くなっています。家康は夢で阿弥陀如来仏に「長野に帰りたい」と言われたので、長野の元善光寺ではなくて、別に新しく善光寺を建ててお祀りしました。それによって家康の天下は長く続いたと言われています。


【原材料】国産グラッパ(ブランデー)・海塩(国産)・水(国産)
【賞味期限】ラベル内に記載
【内容量】20ml

【製造販売元】
株式会社 和樂神樂
岐阜市長良3490-124

【ご注意】
・効果・効能については、個人差があります。
・合わない場合は、利用を中止し医師に相談してください。

【お問い合わせ先】
花のしずく
岐阜市橋本町1-10-1 アクティブG352
058-213-0256


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